「英語は好きじゃない」「英語がみんな必要なんて嘘だ」なんていつも言っていますが、一方で文化比較論なんかはとても好きです。
今回は日米文化比較論の本の内容を、ぼくの稚拙な翻訳をもとにご紹介したいと思います。
その切り口となるのが、なぜ英語には「兄」「弟」を区別する単語がないのかという問題です。
日本の英語教育では一切その理由に触れられず、「そういうもの」として流されてしまいますが、背景にある文化を知ることでより英語が身近なものに感じられるようになるはずでしょう。
本書でも、他国の言語を学ぶためには、その国の文化を理解することが最初のステップになると述べられています。
なぜ英語には「兄」「弟」を区別する単語がないのか?
ご存知の通り、兄弟は「brother」、姉妹は「sister」と表記されます。
「big brother」で「兄」など、複数の単語で表現する方法はありますが、日本人からすれば頻繁に使う言葉なのに、固有のものがないのは不思議に思えるでしょう。
この背景には、他国と日本の文化的価値観の違いがあるといいます。
みんなフラットな英語社会
アメリカ人は日本人ほど上下関係にこだわりません。
労使関係などビジネス的における地位の違いが強調されるケースはありますが、コミュニケーションにおいてはそれほど意識されません。
日本と違い、プライベートな場で、その人の地位の高さや歳の差はあまり考慮しないといいます。
アメリカでは親しい間柄であるならば、18歳の少年が50歳のジョンに対して「やあジョン」と気軽に話しかけることもあるとか(信じられない)。
日本人で18歳の高校生が、親戚で仲良しの正雄(50)に「やあ正雄」などと言おうものなら、世間知らずだと罵られることは間違いないでしょう。
「歳」は重要な関心事ではない
結論から言ってしまえば、英語圏の人々は「歳」にあまり関心がないから「兄」「弟」を明確に表現する必要がないのでしょう。
言葉は必要な「もの」に対してはたくさんの表現があります。
例えば、日本には「稲」「もみ」「米」「ご飯」という多彩な表現があげられるでしょう。これは日本において米が非常に重要で関心のあるものだからです。
英語には肉の焼き加減だけで「レア」「ミディアム」「ウェルダン」と様々な単語があります。これもやはり、肉の焼き加減というのは重要で関心のあるものだからだといえるでしょう。
もし、レアを日本語で説明すると「中身は生の状態で表面を焼いただけ」などと表現できるでしょう。こう考えると「レア」という言葉には相当な情報量が込められていることがわかります。
このように、それぞれの国の文化において、重要なものには細かい言葉を、重要でないものには包括的な言葉が使われているのです。
言葉は随時変化するものですから、アメリカという国で独特の表現として、新しく「兄」「弟」という言葉が生まれてもおかしくないのですが、アメリカにもその必要はないのでしょう。
なぜアメリカは水平(フラット)社会なのか
本書では日本を「縦社会」、アメリカを「水平社会」と評しており、人間関係などについて述べられています。
日本では上下関係を強く意識しており、アメリカではみんなが平等であることを意識しているのです。
アメリカが水平社会である理由は、まず第一に「自由の国」であるからでしょう。
アメリカが誕生した背景には、身分制度などに反対する意識などがあり、平等であろう、互いに自由であろうという文化があるといいます。
またキリスト教の国であることも間違いなく影響しているでしょう。「神の前では皆平等」なのです。
日本は儒教の国
儒教は中国発祥でありながら、日本で広く浸透し、また独自に発展してきたという経緯があります(麻雀とかもそうですね)。
儒教は年上を尊重するべきという考え方がありますから、その影響が非常に強いのではないでしょうか。
こう考えると、欧米と日本人の文化的価値観の違いも少しは理解できる気がしませんか?
言語の理解と文化の理解
日本の英語教育は文法重視だと言われています。「brother」の問題についても大抵は触れられずに終わるでしょう。
しかし本書では言語を理解するためには、文化の理解が重要であると述べられているのです。
例えば、日本人が英語を学ぶとき、英語を話す人たちはあくまで「個人」として話しているのであって、そのときに地位や歳はそれほど気にしなくていいと知っておくべきです。
逆に、外国人が日本語を学ぶとき、日本人が相手の立場を重んじて会話することを知っておくべきでしょう。
現地で直接その国の文化を学ぶことも大切ですが、私たちが知らない日本の文化があるように、なんらかの形で他国の文化を勉強する機会は必要であると思えます。
英語教育においても、他国の文化や歴史と言語を関連付けながら勉強していけたら、より一層楽しく、理解が深まるのではないでしょうか?