ぼくは高校時代クラスメイトに宗教の勧誘を受けたことがあります。本当に。
そのクラスメイトの名前は佐藤(仮名)。宗教の名前は知りません。
– 佐藤「俺の話を聞くだけで何でも上手くいくようになるんだよ」
– ぼく 「お、おう……」
そのときはびびってまともな会話ができなかったぼくですが、今思うと彼は高校生とは思えないほどたくさんの心理テクニックを使っていました。
今回は、ぼくが宗教に勧誘されたときに使われた心理テクニックを、物語形式で随時説明を入れながら語っていきます。
※この記事は実話を元にしたフィクションであり、実在するあらゆる団体と関係がありません。またいくつか事実を改変し特定できないようにしています。
第一話「パソコンを探してる」
ある日、ぼくの携帯にメールが来ました。佐藤からです。
- 佐藤「パソコンを買いたいんだけど、一緒に見てくれないかな?」
ふむ、ぼくはパソコンに詳しいからね。しょうがないね。
「いいよ」と返事を返すと、すぐにぼくの家の近くの駅で待ち合わせをすることが決まった。
このとき、ぼくは恐ろしいことが起こっているということに気づきもしませんでした。
そう、高校の友人からメールが来たのは1年ぶりだということに……。
これは心理テクニックというか駆け引きというか。
でもいきなり「宗教の勧誘をしたいんだけど」といってもなかなか会ってくれませんよね?
ちょっと変則的な技ですがNHKの「電波の調子はいかがですか?」というのも、このテクニックだといえるでしょう。「NHK契約して欲しいんですけど」といきなりいったら上手くいきません。
宗教の勧誘やNHKの契約のような難しい交渉は顔を合わせなければ上手くいきません。
まず顔を会わせるという大前提を達成するための基本テクニックといえるでしょう。
できる限り勧誘相手に会いたいですよね。
特に男性がそうなんですが、自分の得意なことを頼られると助けてあげたくなります。
ぼくの場合はパソコンに詳しくて、それを頼ってくるわけですから、やっぱり助けてあげたいなと思いました。
まあそこにつけ込まれたわけですが笑
第二話「第二の刺客」
待ち合わせ場所に到着したぼく。そこにはすでに佐藤の姿が。
- 佐藤「悪いな。今日はよろしく頼むよ」
そうして、ぼくと佐藤は家電量販店へ向かうのだった。
このとき、ぼくは恐ろしいことが起こっているということに気づきもしませんでした。そう、休日に友人と出歩くのは半年ぶりだということに……。
- ぼく「このパソコンはメモリが……」
得意げにパソコンについて話すぼく。その途中に、突然知らない人が近づいてきます。
- 佐藤「あ、田中先輩!」
- 田中「あ、佐藤じゃん」
- ぼく「え、誰?」
- 佐藤「先輩だよ先輩。偶然会ったんだ」
- ぼく「なるほど」
まあいいや、田中先輩も用事があるだろうしすぐにいなくなるだろ。
- 田中「…………」
着いてくるのかよ!
なぜか偶然会ったにもかかわらず、田中先輩と一緒に家電量販店をまわることに……。
基本的に相手よりも人数が多いほうが、交渉は上手くいきやすいといわれています。
かといって、ぼく1人に対して3,4人も知らない人がいたらさすがに警戒しますから、2人で交渉にあたるというのは適切な人数だといえるでしょう。
交渉の場でもこの「数の論理」が使える。交渉では相手よりも多い人数で当たること。相手が1人なら、こちらは2人か3人。相手が2人ならこちらは4、5人といった具合に人数を調整すれば、相手にかなりのプレッシャーを与えることができるだろう。*1
人数が多いほうが交渉が上手くいくからといって、最初から理由もなく無駄に人が多かったら警戒させてしまいます。
なんらかの理由をつけて、「偶然増えた」というほうがよいのです。
今回は田中先輩と偶然会ったという設定になっていますね。ただそのときはぼくもおかしいと思うくらい不自然でしたが。
「今日は新人も商談に参加させてください。勉強のために」なんていうのも意味のないことではないのです。
第三話「喫茶店」
パソコンの説明を一通り終えて、家電量販店を出た3名。
- 佐藤「今日はありがとう。いろいろ考えてみるよ」
- 佐藤「そうだ、お礼にあそこで奢らせてよ!」
佐藤が指さしたのはファンシーな喫茶店。
- ぼく「あそこ? ま、まあいっか……。ありがとう」
- 佐藤「じゃあいこうか」
- 田中「…………」
お前も来るのかよ!
このとき、ぼくは恐ろしいことが起こっているということに気づきもしませんでした。
そう、当時女っ気のなかったぼくが、母以外の人と喫茶店に入ることは初めてだということに……。
喫茶店に入るや否や、急にぼくの前に出て席を確保する佐藤と田中先輩。
あっという間に佐藤と田中先輩は、奥のほうの席に二人並んで座ってしまったのです。
女の子に突然「奢らせて!」といっても上手くいきません。
「この前は本当にありがとう。よかったらお礼に食事でもどうかな?」と誘うと上手くいきやすい。
ぼくも佐藤から突然「飯行こうぜ」と言われても、そんなに仲良くないし突然すぎていこうと思いません。
だけどパソコンについて教えてあげたお礼だったら自然ですし、奢ってもらうときの申し訳なさも感じにくく、警戒もしません。
そう、パソコンについて教えてというのは、このための長い布石だったのです。
交渉は上座に座った人のほうが有利です。
それは上座に座っている人が偉いからではなく、上座にいること自体が効果を持っているといわれています。
佐藤と田中先輩が確保したのも上座でした。
人は潜在的に「上座=リーダーの座る席=その席に座った人に従うべき」と意識していて、本来は座る資格のない人でも、上座に座ると意見が通りやすくなったり、リーダーシップを取ることができるようになります。*2
第四話「決戦」
- 佐藤「なんでも頼んでいいよ」
- ぼく「う、うん……」
怖くなった僕は飲み物だけを注文。
佐藤と田中先輩はがっつり食べ物まで頼んでいる。
- 佐藤「最近さ……」
なんてことない日常的かつちょっと個人的な話を持ちかけてくる佐藤。
- ぼく(なんだ、ちょっと不自然だけど普通の会話じゃないか。不安になることなかったかな)
- 田中「うんうん、うんうん」
肘をつきながら執拗にうなずき続ける田中先輩。
お前はなんなんだよ!
- 佐藤「前にさ、全然上手くいかなかったときがあってさ……」
ここから会話の風向きが変わり、佐藤はここからテクニックを連発する……。
– 佐藤「でも急にすべてが上手くいくようになったんだ、○○のお陰でね(割愛)」
– 佐藤「やっぱりなんだかんだいって、人生うまくいく方がいいよね?」
– ぼく「そ、そうだね」
– 佐藤「もし同じことができるんだったらやりたいと、普通は思うよね?」
– ぼく「そ、そうだね」
– 佐藤「もしよかったら、本当は誰にも教えないんだけど、これは種村だけ特別なんだけど、やるかは別として話だけ聞いてみない?」**
– ぼく「え、いや……」
– 佐藤「まあちょっと別のところに移動して話をしないといけないんだけど」
– 田中「うんうん、うんうん」
だからお前はなんなんだよ!!
- 佐藤「大丈夫! 最初だけ話を聞いたら後は家でもできるから別に怖いことなんてないし」
- 佐藤「それに俺も、田中先輩もやってるから」
田中先輩がやってるのは逆に不安材料だよ!
- ぼく「で、でも……」
心理テクニック5「自然な返礼」を用いて、わざわざぼくを喫茶店に誘導したのはこの狙いがあったからです。
食事をしながら交渉をするというのは比較的よくみられますよね。
飲食しながら相手を説得する手法を「ランチョン・テクニック」といいます。(中略)飲食していることは誰にとっても心地よい体験で、知らず知らずのうちに気持ちが緩むからです。*3
さらに言えば「返礼に対するお礼」を狙っていたともいえます。つまりぼくに食事を奢ることで「申し訳ないな……」と思わせることも狙いにあるといえるでしょう。
ちなみに佐藤が選んだのは先払いのお店。先に目の前でお金を払うというのも有効なテクニックなのです。
なんてことない日常的かつちょっと個人的な話を持ちかけてくる佐藤。
佐藤は日常的に誰もが悩むような話題を提示しました。
これによってぼくから共感を得ようとしたのです。
共感すると持ちかけられた話に興味をもち、積極的に聞こうとします。
テレビショッピングでも番組の冒頭で「みなさん、フライパンに目玉焼きなどが張り付いたりして困っていませんか?」と日常的に起こる悩みを呼びかけることで共感を誘っています。これはブログでもよく用いられますね。
佐藤「やっぱりなんだかんだいって上手くいく方がいいよね?」
ぼく「そ、そうだね」
佐藤「もし同じことができるんだったらやりたいと、まあ普通は思うよね?」
ぼく「そ、そうだね」
イエスの誘導とは先に「イエス」答えやすいような質問を続け、相手に何度もイエスと言わせることで、一番重要な質問でもイエスと答えさせるというものです。
徐々に質問の「イエス」と言わせる難易度を上げていくことが好ましいでしょう。
何度も「イエス」と言わせておくと、相手の心理は肯定的な方向へ動き始めます。そこで、誰もが「イエス」と答えざるを得ない質問を繰り返して、最後に肝心の問いかけで「イエス」という回答を誘導する方法があります。*4
テクニックの名前まで宗教ぽくなってきましたが、イエスではなくYESですよ。
「もしよかったら、本当は誰にも教えないんだけど、これは○○(ぼくの名前)だけ特別なんだけど、やるかは別として話だけ聞いてみない?」
この一言にはテクニックがたくさん詰まっています。
まずは希少性から説明します。
本当は誰にも教えないんだけど
よくある手法ですね。それが貴重であることを示して相手に欲しいと思わせるものです。
もちろん佐藤は他の友人にも同じことをいっていましたが。
「これは○○(人の名前)だけ特別なんだけど」
こうやって相手の名前を呼ぶことで関心を引くという手法です。
人は自分の名前に高い関心を持つため、ちゃんと自分の名前を呼んでくれることによって、自分を認めてくれると感じます。(中略)
最近では、インターネットで買い物していると、「ようこそ、○○さん」と呼びかけるサイトが増えているのです。*5
心理テクニック12「壁を低くする」
やるかは別として話だけ聞いてみない?
一般的に宗教的な行為をするということは、よほどの思い切りがなければできません。
しかし話を聞くだけなら……と条件を下げることで了承を得やすくなるのです。
もちろん話を聞いたら、そのままその先までいくでしょうけどね。
男女の「先っちょだけだから……」もまさにこのテクニック。
もちろんそのままその先まで行くでしょうけどね。
田中「うんうん、うんうん」
彼の存在も決して無意味ではありません。
話に共感している人をみるとその話に興味を持つようになるのです。
非常に多くはてなブックマークやリツイートされているコンテンツには、誰だって興味を持ちますよね?
最終話「決別」
- 佐藤「え、なんで? せっかくだしさ、話聞くだけだから」
- 田中「へーいいなー」
いや、お前も仲間だろ。
- ぼく「とにかく今決めるのは無理だよ」
- 佐藤「いいじゃん。それにこうやって話できるのは今だけだし」
- ぼく「でもお母さんに相談しないと……」
- 佐藤「は?」
- ぼく「ちゃんとお母さんに話さないと決められないよ」
- 佐藤「なんで?」
- ぼく「な、なんでってそういうものじゃない?」
- 佐藤「……そうなの?」
- ぼく「う、うん……」
- 佐藤「…………」
- 田中「…………」
- ぼく「じゃ、じゃあそういうことで」
冷や汗をかきながら喫茶店から出るぼく。
今思えば、これが佐藤と話したのはこれが最後だった。
「でもお母さんに相談しないと……」
どんなに強情な勧誘者でも、相手が特殊な人格を持っているとわかると一歩引いてしまいます。
あらゆる決定を「お母さん」に頼る無垢な少年を演じることで、佐藤はぼくがマザコンであると誤認してしまったのです。
「母親と連絡を取らないといけないが、今は連絡が取れない」といえば、相手はその場での決断を迫ることができなくなります。
これはあらゆる場面で応用できる汎用性の高いもので、ぼくは宗教、携帯、不動産、新聞あらゆるものをこれで対応してきました。
男性であればより効果的でしょう。
まとめ
というわけで、ぼくが宗教の勧誘を受けたときに使われた心理テクニックについて解説しました。
一つの交渉でも難しい交渉であれば、これほどまでに頭を使う場合もあるんですね。
ぼく自身はテクニックに頼らずに誠実な交渉をすることが最も近道だと信じています。
その理由には、こうした心理テクニックが広く知れ渡ってきたということがあげられるでしょう。
心理テクニックは確かに有効ですが、バレてしまうと一気に信用を損なう可能性があります。
どちらかというと、心理テクニックを知ることで「あ、この人は心理テクニックを使ってるんだな」と気づくことが重要だといえるでしょう。
ぼくは第三の立場をとっていますから、勧誘に応じませんでしたが、決してそうした存在そのものを否定するわけではありません。
文章上は割とぼくが冷静だったように描かれていますが、実際は冷や汗まみれで声も高くて非常に情けなかったと思います……。
田中先輩はいったい何者だったのでしょうか?
ただ一つだけ確かなことがあります。
佐藤と田中先輩は優秀な営業マンになるということです。
吹き出しはMessages – テーマ ストアを使用させていただいています。
関連記事